記事一覧

2002.8.14(水) 第4日目 その2

旧市街は、川の向こうにあります。
このザルツァッハ川も氾濫寸前まで水位が上昇したそうです。
船着場も崩壊し、新聞にも掲載されていました。

ザルツァッハ川とマカルト小橋あふれんばかりの水量


川向こうが旧市街ガイドさんに聞くと、2、3日前までは旧市街に行くこの橋が閉鎖され通過できなかったそうです。
川も、右写真の土手の上ぎりぎりまで水量があったそうです。
幸い、氾濫はなく、旧市街は助かったそうです。
ヨカッタ・・・
いよいよ、橋を渡り旧市街へと進みます。


モーツァルトの生家マカルト小橋を渡り、旧市街へと入ってきました。
フリードリッヒ・ハヌーシュ広場にはレンタサイクルが並んでいました。
ガイドさんが、昼食の場所「シュテルンブロイ」の場所を教えてくれました。もしはぐれたら、12時にそこに行くようにと指示されました。
建物の間を1本中に入ると、目の前に黄色い建物がありました。
モーツァルトの生家です。
アマデウス・モーツァルトは、1756年1月27日に生まれ、7歳までここで過ごしました。


ゲトライデ通りモーツァルトの生家があるゲトライデ通りは、鉄細工の看板が続く美しい通りです。
ゲトライデ通りを東に進むと、左手に旧市庁舎がありました。現在の市庁舎は新市街にあり、先程見学したミラベル庭園にあるミラベル宮殿も、市庁舎の一部として使われています。
次に通りから南下し、レジデンツ(大司教館)に向かいます。


レジデンツ噴水のあるレジデンツ広場に着きました。
たくさんの椅子と、巨大なモニターがありました。
ザルツブルグは現在音楽祭の最中。
音楽祭のハイライトを放映しているそうです。
レジデンツ広場の右側に、レジデンツ(大司教館)が建っています。
司教たちの住居とされ、実質ザルツブルグの中枢として機能していたそうです。
現在は、ザルツブルグ大学の法学部と、司教たちのコレクションがギャラリーとして展示されています。


モーツァルトの像レジデンツ広場の東側には、モーツァルト広場があります。
周囲にお洒落なレストランやカフェが並び、明るい雰囲気です。
中央にはモーツァルトの像がありました。
この広場の南側には州庁舎があり、この建物の鐘桜は、グロッケンシュピールと呼ばれています。カリオンとも呼ばれているそうです。
毎日、7、11、18時に35個の鐘が、モーツァルトの作品を奏でます。今回、11時の鐘を聞くことができました。
街角には、グロッケンシュピールで流れる音楽の曲名が展示されています。


グロッケンシュピールの鐘の音を聞きながら南下すると、目の前のメンヒスベルクの丘の上にホーエンザルツブルグ城が建っています。
完全な状態で保存されており、1077年に着手されました。
1度も落城しなかったお城だそうです。

グロッケンシュピール丘の上にホーエンザルツブルグ城

2002.8.14(水) 第4日目 その3

大聖堂次に大聖堂に向かいました。
この大聖堂は1598年に焼失し、その後1614年に再建されました。このため、バロックとローマ建築様式が混在し特徴となっています。
入口から入ると、左手に洗礼盤が置かれています。
ここで、モーツァルトが洗礼を受けたそうです。
モーツァルトの洗礼名は「テオフィリス」です。
この大聖堂前には、特設ステージが設置されており、夕方になると通行禁止になり、「イエーダーマン」が上演され、ザルツブルグ音楽祭の開幕となるそうです


ゲトライデ通りのお洒落な看板大聖堂前のドーム広場を横切り、フランツィスカナ-教会の横を通り、開けた所に出てきました。
左手には、祝祭劇場があります。
この祝祭劇場が、ザルツブルグ音楽祭の会場として使用されています。中には、2300席の大ホールがあり、このホールで演奏された「魔笛」が好評を博し、ザルツブルグ音楽祭の名が世界に広まったそうです。
今夜演奏会場となる大学を抜け、再びゲトライデ通りに戻ってきました


シュテルンブロイ昼食はシュテルンブロイという有名なレストランです。
地ビールがあり、オーストリア伝統料理が主となっています。
このレストラン。夜になると「サウンド・オブ・ミュージック」のショーを上演しているそうです。


シュテルンブロイの様子気になるメニューは、まずスープ。次に肉料理。そしてデザートでした。
なかなかおいしかったです。
昼食後は、再びミラベル庭園に戻りました。
ガイドさんはここで終了。
次なるお客さんが待っていて、またガイド開始だそうです。


ミラベル庭園&宮殿13:20 午前中見学したミラベル庭園に戻ってきました。
この後、ザルツブルグ市主催の歓迎レセプションが行なわれるミラベル宮殿へと入っていきました。
13:30 宮殿内の美しい間に案内されました。
13:35 歓迎レセプションの開始です。


マッキンガーさんと山本さん市長代理として、ザルツブルグ鉄道の総責任者であるマッキンガーさんから歓迎の言葉がありました。
「市長代理として、みなさんを歓迎することを嬉しく思います。
この場所は、市長が招待客などを招く場所です。
結婚式にも使われます。
私は、4月に16日間かけて日本中の鉄道をまわりました。浜松は通過しましたが、だいたいどのような場所か分かります。
現在の大雨により、鉄道は大きな被害にあっています。
みなさんのコンサートを聞きたいのですが、このレセプション終了後、復旧作業に行かなくてはなりません。・・・」


レセプションこのような内容の言葉の後、ザルツブルグ市から記念品の授与がありました。
浜松市からも記念品を頂いてきたので、ザルツブルグ市あてに記念品を贈りました。
この後、乾杯を行い、少し歓談した後レセプション終了となりました。


レセプションレセプション

2002.8.14(水) 第4日目 その4

14:00 ミラベル広場前道路に待機していたバスに乗り、ユースホステルに戻りました。
今夜は、ザルツブルグ鉄道音楽隊と合同演奏会です。
どのような演奏会になるのか楽しみです。
15:30 各自着替えや楽器、販売グッズを持ってバスに積み込み、グローセ・アウラ(コンサートホール)に向け出発しました。

合同演奏のリハーサル演奏会場は、旧市街にある大学の中にありました。ここは、神学を学ぶ大学の講堂だそうです。
16:00頃から当団のリハーサルを開始しました。かなり響くようで、なるべく控えめに演奏した方がいいようです。
塚本先生も、こうゆう場所で演奏するのも勉強でしょうとおっしゃっていました。
合同演奏の2曲の練習を行い、1時間ほどでリハーサルは終了しました。


17:00~19:00まで自由行動です。
ゲトライデ通りまですぐなので、みんな買い物をしたり、軽い食事をしたりと市内見学を楽しみました。
ただ、18時頃になると店が閉店してしまうのでゆっくり買い物ができなかったです。
日本グッズ販売関係の方々は、つきっきりになったようでご苦労様です。
19:00 ザルツブルグ鉄道音楽隊の演奏会が開始されました。

コンサートの様子約1時間の演奏が終了。
休憩時間には、日本グッズ販売コーナーに結構お客さんが集まっていました。
20:20 当団の演奏開始です。
日本民謡メドレー2、帰営の音楽 第1番、エル・クンバンチェロ、フライヴェック
アンコールに76本のトロンボーンを演奏しました。


トロンボーンが集まって記念写真合同演奏1曲目は、軍艦マーチ。
指揮は鉄道音楽隊のベヒトルドさん。
ちょっと?かなり?ドイツ風な軍艦マーチです。
2曲目は、塚本先生の指揮によるラデツキー行進曲で幕を閉じました。
控え室に戻ってくると鍵が閉まっていて、誰が鍵をもっているんだ~事件がありましたが、犯人は鉄道音楽隊の団長さんでした。(真相は不明)


22:30 男性は法被を着て、ホーエンザルツブルグ城の下まで歩いていきました。私達法被集団。かなり注目されていて、日本人の観光客の女性が「え~なに~この人たち~!」というような表情で見ていたので笑えました。
ケーブルカーに乗って、ホーエンザルツブルグ城へ行きました。
このケーブルカー。異様に速かったので驚きました。
夜景が綺麗で、うっとりしたあと、お城のレストラン「ホーエンザルツブルグ」に入りました。

交流会女性は浴衣に着替えて登場。いい感じです。
食事、記念品の交換、ピンをもらったりといい交流ができました。
24:00の終了予定をかなりオーバーして会は終了。
またケーブルカーに乗って丘を下ります。
コンサート会場に戻ると、バスが帰ってしまったという報告が・・・


どうやってユースホステルまで帰るんだろうと心配しましたが、タクシーをたくさん呼んでくれて、みんなで同乗し無事帰ることができました。
山本さんが言っていましたが、こちらの人は、かなり時間にルーズなようです。
部屋に戻ったのは、1:30ぐらいでしょうか。
疲れて記憶がありません・・・
明日はいよいよ、最終目的地「マルクグリョーニンゲン」へ向けて出発です。

ページ移動