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2002.8.13(火) 第3日目 その1

朝から結構雨が降っています。風も強いうえ寒く、出発日としては最悪です。
9:00頃から、荷物をバスに積み込み始めました。
しかし荷物が多いため、座席が足りなくなってしまいました。
しかし幸いなことに、バスの後部にスキー用のトランクを取り付けてきてくれたため、ここに段ボール箱数箱を入れて、なんとか座席数58席を確保。

9:50 ホテルを後にしました。
山本さんの話によると、本日予定していたドナウ川遊覧は、水位の上昇により中止。
その代わりに、メルクという町に行って、修道院見学をするそうです。
ザルツブルグ市内の橋は、昨日まで通行不能でしたが、今日は通行可能。
アウトバーンも、昨日は通行止めでしたが、今日はザルツブルグ方面は通行可能。
ということで、昨日の夜の時点で、ウィーンにもう1泊するかもしれないと思っていたそうです。
なんとか雨もおさまり、ザルツブルグに向かうことができ一安心です。

メルクに到着さて、ザルツブルグ鉄道音楽隊の団長さんは、昨日の演奏会でお客さんが少なかったことに対し非常に恐縮していました。何回も、山本さんを通じてあやまっていました。
案内状も250枚出したが、5人しかこなかったそうです。
ザルツブルグの鉄道音楽隊は1つしかありませんが、ウィーンでは各駅ごとに鉄道音楽隊があり、それぞれ競い合っているそうです。このため協力してくれなかったとか。
10:20頃 アウトバーンに乗りました。
途中で川の上を通過したりしましたが、ものすごい水かさです。
アウトバーン沿いのホームセンターでは、大量の商品が駐車場にプカプカ浮いていました。
メルクまでの風景は、まるで北海道のようです。
とうもろこし畑や かぼちゃ畑。のんびりした風景です。


メルク修道院入口11:25 メルクの修道院に到着。
小雨が降っていてかなり寒いです。
とても8月とは思えない別世界です。
現地の案内の女の子(大学生)の説明を山本さんが通訳してくれました。
・・・ものすごい方言で理解しにくいそうです。


中庭さてこの修道院は、ベネディクト派大修道院で、通称メルク修道院と呼ばれています。
2000年に、世界文化遺産に指定されたそうです。
現在は33人の修道士がいて、15人はこの修道院に住んでいるそうです。
東西に320m、尖塔の高さは65m。オーストリアでも有数のバロック建築様式です。
外観は、鮮やかな黄色と白です。


美術品が展示建物内には、第1~11室まであり、「皇帝の間」の大部分に美術品が展示されていました。
宝石がちりばめられた十字架があり、「メルクの十字架」と呼ばれているそうです。この修道院の宝物だそうです。
「大理石の間」と呼ばれる大広間の天井には、パウル・トローガの作品が描かれていました。
大広間をぬけるとテラスに出ます。メルクの街並みを見ると、川が氾濫して浸水していました。


メルク川が氾濫し町は浸水修道院の西側を流れるメルク川が氾濫したようです。
真下にあるべきハウプト広場は、水の底。橋も見えなくなっていました。


ドナウ川クルーズの遊覧船西北の方を見ると遊覧船がありました。
メルクはドナウ川クルーズの船着場なのです。
本当だったらあの遊覧船に乗ってドナウ川クルーズをするはずだったのに・・・
しかしこの川の氾濫を見ると、本当に地元の方々が気の毒に思えてきます。


高さ65m右の写真の向かって右側が大理石の間。
左側が図書室になります。
この奥に教会があります。


約10万冊の蔵書を有する図書館テラスを通過し再び建物内に入りました。
そこは、約10万冊の蔵書が保管されている図書室。
この図書室の天井画は、大広間の天井画と対になっているそうです。
ガイドの女の子もここで終了。
後は教会を通過して、見学終了となります。


教会の主祭壇教会もすばらしく、パイプオルガンは3553本もあり、1970年に造られました。
個人的には、この教会は、色が特徴的で荘厳とした印象を持ちました。修道院だからでしょうか。
出口に売店があり、みんなポストカードなどを購入。
13:40 出発。
14:10 アウトバーンのSAのレストラン「ローゼンベルグ」で食事をしました。
15:20 ザルツブルグへ向けて出発です。
ザルツブルグまであと150kmです。

2002.8.13(火) 第3日目 その2

モーントゼーの教会ザルツブルグへ向かう途中、山本さんとグルントビヒラー団長(ザルツブルグ鉄道音楽隊)がなにやら相談しています。
サウンドオブミュージックの舞台となった湖に行こうということです。
16:45 モント湖(Mondsee)に着きました。
この地方はザルツカンマーグート地方といい、ザルツブルグから1時間ほど南に行ったところにあります。古くから塩が採掘されている地域で、塩(ザルツ)の御料地(カンマ-グート)という意味です。
今回は時間がなくて、モーントゼーの町の教会しか行きませんでした。


モーントゼーの街並みこの教会は、18世紀バロック風の建築様式で、映画「サウンド・オブ・ミュージック」では、マリアとトラップ大佐の結婚式の舞台となった場所です。
町もいろいろなお店が並び、湖の観光地といった感じです。
ここはもっと見たかったです。湖も見たかった・・・
17:20 モント湖を後にし、ザルツブルグへ向かいました。


ザルツブルグ着18:00 ザルツブルグのユースホステルに到着。
荷物をバスから降ろし、運転手のトニーにみんなから集めたチップを渡しました。
部屋割りを行い、各自部屋へ荷物を置きに行きました。
すると、問題発生!
このユースホステルは、4人部屋が左右に並び、中央にシャワールーム。
入口は1つ。そう、8人部屋の構造になっていたのです。
そんなこととは知らず部屋割りをしたので、悪い予感的中。
女性と男性が隣同士に。幸い、この一部屋だけだったので、女性たちに部屋を移動してもらいました。


ザルツブルグ鉄道音楽隊19:00頃に、ザルツブルグ鉄道音楽隊主催の歓迎会場「ミュルナーブロイ」に出発。
到着すると、遠くの方に音楽隊の姿が(駐車場がとても広い)。
そう、私たちを歓迎するため、演奏で迎えてくれました。
嬉しかったです。
しばし演奏を聞き、挨拶したあとビアホールへ。


看板3人娘団長があいさつ


おいしい樽ビール鉄道音楽隊の方々が一緒のテーブルになるように座り、歓迎会の始まり。
おきまりの樽ビールからビールを注ぎ、乾杯。
食事は大皿に肉と団子みたいなもの。かなりヘビーです。
トロンボーン奏者のGottfriedは、2皿も食べていました。どんな胃をしているんだろう。


肉を切ってます一部のメンバーが集まり、ダンス音楽を演奏。
ダンス音楽は鉄道音楽隊の一部のメンバーが演奏しています。
TPの原田くん、榊原くんも一緒に演奏。
ガンバレー!
だんだん盛り上ってくると、鉄道音楽隊の数名が踊りだしました。


ビアホールの様子うちの団員も、連れ出されダンス。
なかなか交流してます。
途中で、看板娘?3人が、シュナップスを配りに来てくれました。
ためしに飲んでみると、かなり甘かったです(アルコール度は多分40度ぐらいなのできつい)。
大いに盛り上った歓迎会は24:00まで行い終了。



バスが迎えに来て、ユースホステルに戻りました。
そうそう、8人部屋のユースホステル。シャワー室は2つありますが、順番待ちが大変。
ある部屋ではシャワーの順番待ちに2時過ぎまでかかったとか。
明日はザルツブルグ市内観光&合同演奏会です。

2002.8.14(水) 第4日目 その1

ユースホステル朝食は食堂でした。
パンと数種類のハム、チーズ、コーンフレーク、飲み物。
食後、外に出てみるとタバコ屋がありました。
こちらの国では、切手はタバコ屋で買います。
ユースホステルの食堂の壁にポストがあったで、投函。
(帰国して家に着いた時、無事届いていました!)


電気バスユースホステルの目の前のバス停には、変わったバスが。
電気バスです。電車のように電線から電気を供給しています。
素朴な疑問・・・工事現場などで迂回しなければいけない時どうなるんだろう・・・
このバスは、ザルツブルグ空港を経由し、ザルツブルグ中央駅まで行くようです。
ユースホステルの1階のロビーに、無料で使えるパソコンがありました。
当然ながら、ドイツ語仕様。
インターネットにつないで日本のHPを見ましたが文字化けしてました。
このHPも当然読めません。この掲示板に書きこんでおきました。


庭園の東側さて本日はお楽しみのザルツブルグ市内観光。
バスに乗って出発です。
9:50 ミラベル城のすぐ東側に到着。
バスから降りるとガイドさんが待っていてくれて、案内開始です。
大急ぎで回るので、しっかり付いてきて欲しいとのこと。大変だ・・・


四季折々の花と、彫刻まず、ミラベル庭園に行きました。
とても美しい庭園で、緑の芝生に四季折々の花が咲き乱れ、ギリシャ神話を題材にした彫刻や噴水が整然と配列されています。
南の方角には、大聖堂。
丘の上には、ホーエンザルツブルグ城と、絵葉書のような景色です。
大理石の階段は映画「サウンド・オブ・ミュージック」で、ドレミの唄を歌った場所として有名です。


ミラベル宮殿サウンド・オブ・ミュージックでドレミの唄を歌う階段


階段上からの眺め階段上からの眺め


モーツァルトが住んでいた家庭園の横には、屋外劇場。
人形劇場などがありました。
ミラベル庭園を出ると、マカルト広場にでます。
目の前には、モーツァルト一家が1773年から1787年まで住んでいた家がありました。
この2階に住んでいたそうです。

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