■西ドイツ演奏旅行の”てんまつ”
塚本好司
(平成2年1月 第1回ドイツ演奏旅行感想文集から) |
1987年の1月だったと思う。フランクフルトのメッセを見のため西ドイツを訪れた時のこと。フランクフルト空港に出迎えてくれたドイツ人(シュツットガルトの買い物の日に一部の人が寄った楽器屋の主人)の車に乗せられ200キロ離れたシュツットガルト市の山本氏宅(故山本雅章氏)に向かった。
途中あるレストランに立ち寄ったので時間的にもてっきり今日の夕食はここでと思っていた。しかし20分すぎても何も出てこないので変だなと感じていたところ山本氏が出てきた。そしていろんな顔をしたドイツ人が10人程集まってきた。マルクグリョーニンゲン市民吹奏楽団の幹部連中だ。この時初めて聞いたマルなんとか市の名前は当然1回では覚えられなかった。
日本に、いい?バンドがあると聞いたので我々の音楽祭に招待したいがいかがなものか・・・
ビールを飲みながらいきなり切り出して来た言葉がこれだった。山本氏は私を驚かそうとこの時まで全く黙っていた。一杯食わされた感じだった。寝耳にビールいやウイスキーであった。皆真剣である。ゲオルグ氏も今よりもっと真面目な顔をして話していた。
今回の国際親善は、私の友人である山本氏と氏の所属するシュツットガルト放送交響楽団のファゴット奏者でこのマルクグリョーニンゲン市民バンドの指揮者でもあるゲオルグ・テル・フェルト氏の橋渡しによりこんなふうに始まった。団員はこの話を88年3月に正式な招待状が届くまで信用しなかったのも無理からぬ話、何しろバンドで1番遠くに行ったのが三ヶ日、それがいきなりミカンじゃない、美観の国、西ドイツなのだから・・・
この貴重な体験から得たものは皆それぞれだったと思うが、私にとっては音楽の国でこれ程までに吹奏楽が市民に愛され親しまれ、また、演奏者たちが喜びと誇りをもち活動している姿が一番の感動だった。そしてこれからの私達の活動に大きな自信と指針を得たことだった。 |
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