記事一覧

コラム

定期演奏会のプログラムや演奏旅行の文集、記念誌等に掲載したコラムを集めました。


この市民バンド

(第1回定期演奏会プログラムより)

プロを組んでみて

(第1回定期演奏会プログラムより)

わがすいそうがくだん

(第2回定期演奏会プログラムより)

ある夏の夜の悪魔より

(第2回定期演奏会プログラムより)

音の無いレコード

(第8回定期演奏会プログラムより)

怪獣(しくゃじまたお)

(第8回定期演奏会プログラムより)

西ドイツ演奏旅行の”てんまつ”

(第1回ドイツ演奏旅行感想文集より)

いろは歌留多

(創立20周年記念誌より)
 

この市民バンド

 この市民バンドについて「どこの学校のO・Bが中心か」「スポンサーは」「上手かどうか」「指導はだれがやっているか」とよく人から聞かれることがあります。

 私は市民バンドとは、一定の職域や団体に属せず、年令・学歴・音楽経験等に関係なく本人の希望しだいで気軽に入団でき、指導者や指揮者個人の考えや行動でもって運営されたり、団の意としない外的圧力が加わったりせず、いわゆる市民的な楽しい雰囲気のバンドでなければと思っています。

 浜松市民吹奏楽団も種々雑多なメンバーの集まりでしかも社会的制約はほとんど無いため、ともすると意志の統一や目標がぼやけて運営面での難しさが当然おこってきます。

 しかし様々なことを経験し、問題を解決していってこそ集団の中での自覚が芽生え、団員の意欲や情熱が高まり真のバンド活動の意義や目的が確立されてくるものと信じます。

 最後にこのバンドに対して御理解・御協力下さった方々にお礼申し上げます。

 私どもは練習場所や発表の場として青年婦人会館等の公共施設を十分に活用させていただき大変恵まれた環境にあります。

 今後は社会に還元する様な活動もおこなっていきたいと思っております。

 尚、本日のプログラムは会場へおこしの皆様方と共に楽しめる曲ばかりを集めました。

 まだまだお聞き苦しい点も多かろうと思います。

 どうぞよろしくご指導ご鞭撻のほどお願い致します。


 常任指揮者 塚本好司
  (昭和53.6.4第1回定期演奏会プログラムより)
 
 

プロを組んでみて

 昭和50年6月20日AM9:00…市民バンドが産声を上げた日です。

 正確に言いますとそれはもう少し先でした。

 その日は、産むべきか否かと御医者様、親戚、関係筋が集まって家族会議を開いた日です。 
 清くも正しく美しく、そして貧しい環境の中で育んできた情熱だけで産もうとしているのですから。
 何せどこの馬の骨とも知れない男性が8人、そして生まれ落ちてからも実は私の子供かもしれませんと名乗り出る人も居てそれはもう大変でした。
 複雑な家庭環境の中でそれでもこの子はヒネクレもせずマアマア思い通りに育って来ているようです。
 逆境が理想を生み、理想が勇気と希望を与えてくれたのでしょうか。

 生まれてきた問題児は「浜松市民吹奏楽団」と名付けました。

 その子供も今や3才になろうとしています。
 とても性格の良い子で器量良しで優しく近所の評判です…、
 と家族の中では勝手に思い込んでいます。
 61人の家族構成は色々な意味で真にバラエティーに富んでいて、このバンドの目的たらんとするのに貢献している重要な要素の1つと思われます。

 今日はそんな仲間の「楽しいバンドコンサート」のプログラムです。
 又演奏する側から言えば「合奏の愉み」ということになりますが、技術的にいって音楽は他の芸術より手がこんでいると言えます。
 或いは科学的要素が多いと言えるかも知れません。
 それは素人と玄人の区別がはっきりとついてくる事からも解かります。

 そこで重要な事は、私達は「音楽家」という専門家ではなく、さりとてこれを趣味で弄ぶ、いわゆる”音楽通”でもありたくない訳で、つまり個人の趣味が密接に結び付くとその道のファンの専門的な会話は傍らで聞いていても、時として音楽談でない事は確かですから…。

 だから1人の人間としてその音楽の中に浸る時、才能や技術や教養が音楽的にその程度かは問題ではないという姿勢です。
 良くあいつは音楽は理解するものでなく、そこに在るもの又、創るものだと思うからです。
 「田園交響曲を聴くよりも日の出を眺める方がずっと役に立つ」というのは一面を解せばこんなことでしょうか。
 日の出に感動してもそれに拍手する人は恐らくないのですから。

 日本は米国に次ぐ世界第2位のバンドの多い国という事になっていますが、管弦楽に比べて活躍の範囲も広く、編成面に於いても多様です。
 そこで私達は今、吹奏楽団に課せられた重要な使命の一つとして老若男女揃っても楽しめる「楽しいバンドコンサート」を始めようとしています。
 コンサートの着物はプログラムです。
 演奏技術や演出はその着こなしでしょうか。
 人の着物の選び方はその人の趣味と合まってその人の中身、一貫した人間性も押計れようというものです。
 私達のやっている吹奏楽もカッコ良さだけを求めた既成品では今や何も成し得ません。
 その存在価値すらも疑問です。
 今日の機会を捉えて私達は市民吹奏楽団だけのバンドの響きを奏でようと思います。

 第1回定期演奏会実行委員会
 (昭和53.6.4第1回定期演奏会プログラムより)
 
 

わがすいそうがくだん

 「楽」という字にはいろんな意味があります。
 音楽そのものであり又、らくらく、たやすい、安楽、豊か等の意味もありこれすべて「たのしい」ことなのです。

 当楽団も字のごとしです。
 もちろんガクと発音できるとき我々にとって一番うれしいことなのですが、中にはラクダンなんて勝手によんでる人もいるからたのしいのです。
 一人で出来ない事を皆んなでやるのでラクなのです。
 おまけに上に「すいそう」なんて名前をつけるから面白いのです。

 練習が終れば酔騒楽団そして睡想。
 合宿の時には「炊掃楽団」にもなるのです。
 衰喪して遂葬、ついに師走楽団なんてならないよう推捜しているのです。

 まあ、毎年本当に楽しい事が多いもんだで長続きするのです。

 常任指揮者 塚本好司
 (昭和54.6.18第2回定期演奏会プログラムより)
 
 

ある夏の夜の悪魔より

1978年8月1日(火)晴れ

地球が太陽に近づいている。

このままジリジリと近づいていくと、数日後には、太陽の炎が地球に”ボッ”と点火し、全ての生物は丸焼けとなる。

君の大事なクラリネットも、あなたの大切なフルートも、全ては灰になってしまうのだ。
ナント!恐ろしいことだろう。
こんなになる前に、なぜもっとしたい事をし、充実した生活を…人生をすごしておけば良かった。

団の中でも平均年令をぐっと高くしているのもこの俺のせいだ。
年だけは一番上でも、何の取り得もない自分が情けない。

もっともっと練習を重ね、技術向上にために努力すべきであった。
そうすれば、若い人達にも迷惑をかけずにみんなについてゆけたのに。
今さら…。
後悔先にたたずである。

遅刻常習犯も大きな痛手となっていることも…。
”TIME IS MONEY”
あぁ…。
真赤な炎が次第にこちらに向かって来る。
もはやこの世も終わりに近づいて来た。
マツビシも、セイブもグランドホテルも、すでに焼け落ちた。
かろうじて残っているのは、青年婦人会館だけだ。
もうだめだ!
トロンボーンのスライドも熱のために5m…いや10mものびただろうか。
赤く焼けただれている。
やめてくれ―。助けてくれ―。Oh!GODよ。
せめて今度生れ変わることが出来るなら。
塚本先生のような。リッパなミュージシャンに生まれ変りたい。
ミナサン、最後のお祈りを…。


(昭和54.6.18第2回定期演奏会プログラムより)
 
 

音の無いレコード

昔読んだ小説でこんな風なのがありました。

未来社会の話です。
一人の男がレコードを買いに行きます。
その値段はマチマチなのですが、何が一番高いのかと尋ねると店主は、にやりとしてこう答えるのです。
”何も音の無いレコードです。”
何ともナンセンスな答えです、普通レコードは何らかの音を聞く為のものなのですから。

でも皆さん、普段から私達はあまりにも”音”に取り囲まれて日々を送っているのではないのでしょうか。

レストランでもデパートでも街中いたる所であふれる音楽、そして最近では道を歩いていても流れている音楽(よく商店街のアーケードなどでありますよネ)。

そして家に帰ればまずテレビのスイッチを入れる。
車に乗ればラジオのスイッチを入れる。
無意識のうちに、私達は音に囲まれて生活し、またそんな状況にすっかり慣れきってしまって、逆にその状況から離れると(何か音が鳴っていないと)不安になってしまう。
現代というのは、そんな状況が出来てしまっているのではないでしょうか。
こうなると”音”と”音楽”を区別するのは、もう、ものすごく困難になってしまいました。

さて、そこで先の話に戻って”音の無いレコード”です。
この話は今や”音の無いレコード”が(逆説的に)最高の音楽になってしまうんではないか?ということを暗示してはいないでしょうか。

つまり”音”と”音楽”を区別するのは、皆さん自信、私達自身、個人個人の問題なのです。

問題になるのは”心”ではないでしょうか、もっとくだけた言い方をすれば”気の持ちよう”ではないでしょうか。

どんな名曲、名演奏でも、”音の無いレコード”にかなわないこともあるのです。
”音楽”とは”音”を通して「心」を伝えることですから。
実際ベートーヴェンの”第9”より時報の音に音楽を感じても不思議ではないのです。

ところで、今日の我々の演奏は”音”ですか?”音楽”ですか?

第8回定期演奏会実行委員会
(昭和60.5.26第8回定期演奏会プログラムより)
 
 

怪獣(しくゃじまたお)

昭和50年7月14日(日)午后7時青年婦人会館音楽室でのことである。

古ボケた楽器のケースをぶらさげ寄り合った人約15名、初対面の人達が多く皆少々緊張ぎみである。

私も紹介され、前に立った。

いくつかの細胞が集まりさあこれから一つの生き物の誕生の一瞬を迎えようとしている。


私は感動で震える指揮棒を下ろした、遂にその正体を現したキャー!

私は叫んだ、恐怖のあまり2拍目に入ろうとする所で腕が金縛りになり動かない、ドキーッと大きな心臓の音がした、周りの人にも聞こえた。

体温は6度も下がり髪の毛は全部垂直に立った、足がガタガタ震え靴が脱げた、あぁ神はおそろしいものを創りたもうや、こんなバケモノは生かしておけない、町中へでも歩きだしたら大変なことになる、今すぐにでも抹殺しなければならない。


しかし一つの生命としてこの地上に生まれてきたからにはそれは許されない。

始末の悪いことにコイツはどんどん細胞がふえ大きくなってきてしまった。

だれもエサも水も与えないのにどうして10年も生きながらえてきたのだろう、私はある日コイツの後をつけてみた、とある水辺に近づいた、やはり何かを食べていた。

私は水辺のむこうにまわってエサが何であるか知りたかった、遠くてよく判らない、気付かれないようそっと近くまでよってみた、カエルの幼虫だった。


常任指揮者 塚本好司 
(昭和62.5.26第8回定期演奏会プログラムより)
 
 

西ドイツ演奏旅行の”てんまつ”

1987年の1月だったと思う。

フランクフルトのメッセを見学のため西ドイツを訪れた時のこと。

フランクフルト空港に出迎えてくれたドイツ人(シュツットガルトの買い物の日に一部の人が寄った楽器屋の主人)の車に乗せられ200キロ離れたシュツットガルト市の山本氏宅(故山本雅章氏)に向かった。


途中あるレストランに立ち寄ったので時間的にもてっきり今日の夕食はここでと思っていた。

しかし20分すぎても何も出てこないので変だなと感じていたところ山本氏が出てきた。

そしていろんな顔をしたドイツ人が10人程集まってきた。

マルクグリョーニンゲン市民吹奏楽団の幹部連中だ。

この時初めて聞いたマルなんとか市の名前は当然1回では覚えられなかった。


日本に、いい?バンドがあると聞いたので我々の音楽祭に招待したいがいかがなものか・・・

ビールを飲みながらいきなり切り出して来た言葉がこれだった。

山本氏は私を驚かそうとこの時まで全く黙っていた。

一杯食わされた感じだった。

寝耳にビールいやウイスキーであった。

皆真剣である。

ゲオルグ氏も今よりもっと真面目な顔をして話していた。


今回の国際親善は、私の友人である山本氏と氏の所属するシュツットガルト放送交響楽団のファゴット奏者でこのマルクグリョーニンゲン市民バンドの指揮者でもあるゲオルグ・テル・フェルト氏の橋渡しによりこんなふうに始まった。

団員はこの話を88年3月に正式な招待状が届くまで信用しなかったのも無理からぬ話、何しろバンドで1番遠くに行ったのが三ヶ日、それがいきなりミカンじゃない、美観の国、西ドイツなのだから・・・


この貴重な体験から得たものは皆それぞれだったと思うが、私にとっては音楽の国でこれ程までに吹奏楽が市民に愛され親しまれ、また、演奏者たちが喜びと誇りをもち活動している姿が一番の感動だった。

そしてこれからの私達の活動に大きな自信と指針を得たことだった。


常任指揮者 塚本好司 
(平成2年1月 第1回ドイツ演奏旅行感想文集から)
 
 

いろは歌留多

い  いつものところ「あいホール」今後もよろしく願います。
ろ  ローマの松 練習終えて老婆の待つ家路つく
は  早く来てイス並べる人あり それ知らぬ人あり
に  にしひがしは嫌いです みなきた方が楽しい合奏
ほ  ホルンより まあるいオシリとハラばかり
へ  へらず口 バスクラ吹いて減らす口
と  ところかまわず吹くフォルテ 殺人ラッパは凶器です
ち  小さな音符 大きな間違い スコアー拡大願います
り  リズムとるよりトシとるが得意な人ありパーカッション
ぬ  抜き足で入ってくるより5分前
る  留守番をいつも月曜ありがとう
を  奥山のカレー昼食前の口上意味不明
わ  我が国の模範バンド 人と音
か  戒名は音律不安抜差居士とトロンボニストの墓に書いてあり
よ  用済みとシルバーに言わないやさしい団員
た  たそがれを照らすピンスポ ああ無情
れ  例外もあるぞK高皆秀才
そ  そうほうを研究せよと団員とランナーに言い
つ  つま先で拍子とる音 不整脈
ね  年金で払う団費もとどこおり
な  鳴らぬはず 付けてるリードは昭和物
ら  ラッパ磨いてウデ磨かず


常任指揮者 塚本好司
 (創立20周年記念誌より)
 
 
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